CECと県教委の共催のこのフォーラム。基調講演の赤堀先生のお話は、教師が学校で直面している課題に大きな示唆を与えてくれた。日本社会があらゆる場面で「モラル」低下に嘖まれている。
今や教育大国となったフィンランドでは、たった3才の子どもが、小学3年生が絵本の読み聞かせをしている間中、静かに聞き入っているのだそうだ。日本では、もう見られない光景になりつつある。でも、絵本の読み聞かせは、いいですよ。お父さん、お母さん、やってますか?
参観日で、ものの10分もすればぺちゃくちゃおしゃべりする親たち。入学説明会にガムをかみながら、足を組んで聞く光景ももう珍しくはなくなった。学習発表会に親と一緒に来て、ドタバタと走り回る幼児軍団。周りの人なんか目に入っていないカメラマン。「静かにしようね。」何て言おうものなら、「何なん、このおっちゃん!」てな感じ。まさに開いた口がふさがらない。「ほらほら、あの怖そうなおっちゃんに叱られるわよ。」なんて子どもを宥める。
学校では、ちゃんと聞かせるのに苦労が絶えないっていうのに、鉛筆やお箸の持ち方、食事の仕方、ぞうきんの絞り方、服のたたみ方、温度に合わせた衣服の始末、挨拶やお辞儀の仕方などなど教えることがいっぱいだ。「○○は大切だから、学校できちんと指導しておきましょう。」という「○○教育」が数多誕生してくる。一体、学校で何をどこまで教えるというのだろう。「生きる力を・・・」と簡単に言うけれど、学校だけでは無理だ。
フィンランドでは「教師」が学生にとって憧れの職業なのだそうだ。日本でも一時そうした時代もあったが、今は昔の感がある。なかなか採用されないし(所謂指導力があっても)、と言っても社会人への門戸が広げられ採用されるケースは増えている。これって、「本末転倒」だ。採用の多い県に出て行ってしまう大卒者も多い。「ホントは生まれ故郷で先生したいんだけれど・・・。」と言う声も聞かれる。
教職の道を進み始めても、中途で挫折し離職する人も多くなっているそうだ。バッシング、ストレスが襲ってくるからね。特に今は・・・。
「国家百年の計」なんて言葉は、もう死語となってしまったんだろうか。ああ、 いけないいけない。これでは責任転嫁に聞こえてしまうなあ・・・。 つづく・・・。